ごみ芸術裁判とあいちトリエンナーレ作品

ごみ芸術裁判とあいちトリエンナーレ作品

中日新聞記事
 2016年9月8日の中日新聞の朝刊(写真右)に「アートと非アート 境界はどこにある」というあいちトリエンナーレ関連の記事が載っていた。頼志盛さんの「境界・愛知」と題した市美術館にある作品についての記事だ。これは展示の途中に出た出品者達の廃品を床にばらまいた作品だ。
 この記事を読んだ数人の教え子や知人からすぐに「山彊さんと同じことをやっている作品が、市の美術館に展示してあるね」というような電話をもらった。この名古屋市美術館の作品はもちろん僕も見た。第一印象は50年前と同じことをやっているなだが、インスタレーションの作品としてなかなか面白いとも感じた。

 愛知県美術館に出したゴミ作品
 この知人の言っている僕の作品というのは、厳密に言うと僕自身の作品ではない。1970年に市工芸高校を出たばかりの学生たちが愛知県美術館に出品したごみ作品のことだ。学生たちは今回の展示で出たごみと同じように美術館のごみ置き場に捨ててあるごみをビニールの袋に入れて展示室に並べて作品とした。写真左:美術館に展示されたゴミ作品
 彼らはこの地の現代美術の大家である久野真氏や庄司達氏の教え子で、さすが進んでいると感心したものだ。当時外国の美術館でも東京都美術館でもごみもどき作品は最先端アートとして展示されることがあったからだ。   

館側の撤去命令書
 だが公募団体の親分を中心にした美術館の審議員は館側に「これは美術作品でないから撤去せよ」と強く申し出て、結局ごみ作品は撤去されてしまった。写真右:館側の撤去命令書
出品した学生は怒って市工芸の先生や僕たち若い現代美術の作家に助けを求めた。50人近い応援者が美術館に集まり美術館側に抗議をするが再展示は認められなかった。その後の話し合いでそれなら裁判で戦おうということになった。だが裁判闘争にシフトし始めると、ほとんどの美術作家、評論家等が学生たちの応援から逃げ出してしまった。僕は当初加わっていなかったが、この応援に残った友人から「君は現代美術で頑張っているし現代のアートの動きが分かるから加わってくれるだろうね」と言われ加わった。公判が始まり「ごみは芸術作品になりうる」という証言をする人を探しまわったが、ほとんどが断り、結局原告の学生たちを応援し証言したのは東京から駆け付けた針生一郎氏と名古屋では全国に通用する大作家の水谷勇夫氏、それに30歳になったばかりの私の3人だけになった。
 調度この頃、私は講談社の世界現代美術全集全10巻に名古屋ではただ一人選ばれ掲載された。この全集には世界中からピカソをはじめ、デュシャン等現代美術の画家の作品百数十点が掲載され、梱包アート、アースアート、ごみもどきアートなどあらゆるアートが紹介されていた。そんな作家たちの一人に選ばれたという自負から、また名古屋の遅れたアートに新風を吹き込みたいという若さから来る甘い精神で僕は裁判闘争に突入していった。結果は原告側の敗訴だった。
 
 このごみ裁判以後僕の人生は大いに狂った。19歳で愛知県の大賞を取ったのに始まり、23歳でニューヨークでの日本人画家選抜14人展に選ばれ、順風満帆の未来を描いていたのに、汚いごみを芸術だと言う変わり者の画家という烙印を背負うことになったのだ。この地名古屋では、きれいな絵をキャンバスに描いている人しか画家とは見なされない。お上にたてついた僕はこの地の保守的な画家達から完全に無視され村八分となった。公に対して裁判を起こしたらこの保守的な地では生きてゆけないのだ。僕のみならず裁判の原告たち6,7人はその後の人生をほぼ奪われたのではないかと思う。

 「山彊先生、名古屋人、特に50年前の名古屋人の芸術に対する無知さは分かりました。それであなたはどうしてほしいのですか」
当時僕らを追いこんだ画家たちは全て亡くなっている。彼らに謝れとは言えない。先日、日本のシンドラーと言われる杉原千畝記念館に行ったら2000年に外務省から名誉回復の伝達があったと記されていた。偉い人と比べる気はないが、原告の彼らを追いこんで人生を狂わせてしまったことを今の審議員でいいからせめて謝ってほしいと思う。原告らに子供や孫でもいたら、その子たちへのいい贈り物になるのではないか。

 ところで、廃棄物を集めて作品にする作家は1970年代以降も結構多い。日本で一番知られているのは一昨年まで東京芸術大学の教授であった川俣正だ。彼は第2回横浜トリエンナーレの総合プロデューサーでもあった。
 彼がアートの世界で知られるようになったのは、1987年のドイツのカッセルで開かれたドクメンタ展からだ。町中を歩いて廃材を集めその材料で街中に建物を建てた作品で注目を集めた。
写真下:川俣正作品
川俣正作品1 川俣正作品2

 今回のあいちトリエンナーレの作品とはスケールも違うし、さらにすごく面白い。だがそれで行くと前述のごみを芸術作品として出した学生はもっと前のことですごいことになる。さらにさかのぼると先ほど紹介した僕の載っている世界現代美術全集にはもう少し前のごみ作品が載っている。今や世界的になっているアメリカのダニエル・スペーリの作品だ。拾ってきた病人用おまるや錆びた自転車の車輪、使い古したサンダルやズボンがカンバスに貼り付けてある1966年制作の作品だ。「タブロー罠」と題されていて今買えば数千万円はするであろう。

写真下:ダニエル・スペーリ作品「タブロー罠」1966年
タブロー罠
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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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