第3回『あいちトリエンナーレ展』を見て

第3回『あいちトリエンナーレ展』(現代美術の祭展)を見て
期間 2016.8.11~10.23
会場 名古屋、豊橋、岡崎の美術館や街中で


Jerry's map
 あいちトリエンナーレ展の内覧会の日である8月10日、愛知県美術館や名古屋市美術館、旧明治屋ビル展示場を見て回っていろんな人と出会った。元県知事の神田さん(このトリエンナーレの発案者)、第1回のトリエンナーレの事務局長の大野さん(愛知ではこの手の展覧会は無理ですと知事に提言したから、「それだけ理解しているなら」と事務局長にさせられたと言われる。彼だからできた第1回展)、最近外国並みに美術館内のカメラ撮影をOKとしたこと等で評判を上げている豊田市美術館の村田館長、愛知の画家論の本を出し、愛知の美術界を引っ張る名古屋画廊の中山社長、現代美術家の庄司さん、版画家の森岡さん、現代美術家の野呂さん等々、50人以上と話を交わした。今回のトリエンナーレについての意見感想を聞いた中で僕が気にいったのが、次の3人の言葉だ。名前を入れてもいいと言われたが、今回は控えさせていただく。
写真右上:県美会場入り口のJerry's map(マスコミの写真によくつかわれる。これしか映像として使う目玉がないのだろう)

①「今回のトリエンナーレはB級グルメのオンパレードですね」とマスコミ関係の中年女性の言。
②「この展覧会と我々日展や院会、創画会等との関係は中国と北朝鮮のようなものだね。悔しいけれど」と、この地の日本画家のボス言。 
③「特にいいとは思わないが、この地では貴重な現代美術とのつながりの美術展。これが無くなったらまた田舎文化都市に逆戻り」と、僕の仲間の作家言。

①アートを食べ物に例える「B級グルメ」と言う発言は面白く、さすが女性の考えだと納得した。これまでのトリエンナーレ展ではオノヨーコや草間彌生、蔡国強や奈良美智と言った絵描きでなくとも知っている有名作家の参加があったけれど今回はそういった画家が誰も入っていなかったこと等を指していると思われる。まあ僕に言わせてもタコ焼きやラーメン、きしめんと言った部類に入ると思われる作家の作品だが、作品は庶民的であるけれど真剣に取り組んでいるのが感じられて好感が持てた。高い費用を払いタレント作家を呼ぶ必要はないのではないかと思う。
 それよりもこの愛知から新しい作家を作りだす方がいい。けれど今のところそうなっていない。総監督が愛知の人でなく、このトリエンナーレ自体が愛知から新しい作家を育てようというコンセプトで行われているものではないから仕方のないことでもあるが。
 「山彊先生、どうして芸術監督等を愛知の人にしないのですか」
この愛知は年功序列が幅を利かすところ。いくら現代美術と言う若い者中心の世界であっても、先輩を指しおいて若い人を選べば規律が乱れると思っている。そのためトップの芸術監督以下主なスタッフは地元から選ぶと、文句が出て面倒なこともあり他県の人が多く選ばれている。以前アメリカからポロック展を持ってきて全国的な賞をもらった超実力のある愛知県美術館の大島学芸員など適任かなと思ったが、若いから企画者として選んでもらえなかった。彼はそんなこともあったのか、この4月に他県の大学へ移ってしまった。次には彼が芸術総合監督になるかもしれないが。

②「中国と北朝鮮の関係」の例えは何を言おうとしているのか詳しくはわからないが、推測するに、トリエンナーレの現代美術と日展などの保守的な美術は本来相容れない美術観を持っているが、互いの利益のためには手をつなごうということのようだ。中日新聞が双方に絡んで後援しているから互いの悪口をいいづらい。愛知の公募展が日本一の知名度を誇っているのは中日新聞の力なくしてありえない。その新聞社が推す現代美術を虚仮にすることはできないということかと推測する。考え方、やり方は違っても、ここは手を組んでおこうという関係を中国と北朝鮮になぞらえたのかもしれない。

③「これが無かったら田舎文化都市に逆戻り・・」というのは僕も同感だ。先回のブログでも針生一郎さんの言葉を使いながら書いたが、行政側が仕切るトリエンナーレでは、真の芸術の盛り上がりは無く、一過性のイベントとして忘れ去られるのみだ。しかしでは何もしない方がいいか、と言えば、しないよりは何らかのアクションを起こした方がいい。どこかで美術の種がまかれ、いつか芽が出ることもあるし、庶民の文化度を上げることもできるから。

花柄の足漕ぎタクシー写真:花柄の足漕ぎタクシー(今回は花柄の目立つ自転車タクシーが街中を走っている)

 「ところで山彊先生、あいちトリエンナーレの全体を見て展覧会のレベルはどうですか。」
前回、前々回と比べると作品から来る大きなインパクトに欠け、こっそりささやかに催されている感は否定できない。前回の納屋橋会場のように、一目見て一発で作家の意図がわかるような存在感のあるすごい作品群はなかった。作者がそこにいて質問していくと意図することが分かり、なるほどと思わせる作品もあったが、多くの作品を短時間で見なければならない観客にとっては何ら訴えるものがないということになる。
 今年は予算を相当減らされたのではないか。お上に逆らいにくいデザイナー中心の小粒な企画者を選んだからだろうと僕は勝手に推測するが。デザイナーは現代美術と相いれない面も多い。と言うのは、金銭を抜きにぶつかる芸術家と違ってデザイナーは商業主義的なところが前面に出るから「嫌ならやめてやる!」というような発想はない。

液体は熱エネルギ… 全体の印象はそんなところだが、個々の作品について主なものをピックアップしてみる。僕が見た全作品の中で一番印象に残ったのは旧明治屋ビルの二階で展示されている端聡の『液体は熱エネルギーにより気体となり、気体は冷えて液体に戻る。そうあるべきだ』だ。(写真右)
廃墟となった暗い空間に、生き者のように水蒸気が沸き上がりそれを天井に集め水として再利用する。コンセプトとして特別に新しいものではないがこの崩れそうな暗い空間で作品はすごく冴えている。今回のトリエンナーレはこのビルを使ったことが大ヒットではないか。栄のど真ん中で誰でも知っている有名なビル。彼以外の他の参加作家がこのビルを使いこなしていないのは残念だ。

パブローブ 県美会場に展示されている西尾美也の『パブローブ』(写真左)も衣類の図書館を目指すというコンセプトが良かった。一部屋を使い、タグを付けた無数の衣類が並ぶ。破れた時のためにミシンも用意してある。女性にしかできない思考だ。
 だがここで多くの衣類が並ぶ光景を見て、僕は以前ワシントンのホロコースト美術館で見た無数の汚れた靴の展示を思い出した。もちろんコンセプトは違うがこちらの方がはるかに僕の心をつかんだのは言うまでもない。誰もが知る人類の重い負の歴史を無言の中に語っているからだ。この衣類の山もシリヤ難民衣類とでも記されていれば、もっと僕は感激したかもしれない。僕なら日本から新しい衣類を持ってシリヤに行き、新しい衣類といらなくなったシリヤ人の服と街中で交換して日本に持って来て展示する。勿論その折の写真でも付けてだ。

 コロンビアの作家の子供作品も面白かった。アフリカや南米、インドの子供達の机にキャンバス布を貼って1か月ほど自由に使わせ、いろいろ描かれた布を回収する。荒れている国は子供達にまで精神的な痛手を与えていることが分かる。
写真下左:学校の机に貼ったキャンバス。子供たちに使わせてから外したもの。
写真下右:変形している机に合わせて布が切られているところもリアルでいい。

学校の机に貼ったキャンバス 変形した机のもの

 会場を歩いていて、これが今回のトリエンナーレを象徴している作品だというものに出会った。コロンビアの作家の部屋でのことだ。作品は何点かの粘土彫刻だが中途半端で終わっていたり、壊れかけてひびの入ったものばかりだ。これも現在の世界情勢を訴えている様でよかったが、僕の目を引いたのはこの部屋の監視員が座るパイプ椅子に新聞紙が貼られていたことだ。監視員に尋ねたら作家がこのようにしてくれと言ったとか。
写真下左:新聞紙が貼り付けられた椅子
写真下右:新聞紙の椅子に座る監視員

新聞が貼り付けられた椅子 新聞紙の椅子に座る監視員

 それを聞いて、僕は30年前、老後の本(『おもしろ老後生活術』黎明書房)を出すためにスウェーデンに取材に出掛け、泊まったホテルを思い出した。写真右下:おもしろ老後生活術の本(友人の精神科医師との共著)
そこはホームレスやそれに近い人が利用するホテルで、その日はクリスマスだったので、汚いトイレ内を少しでもきれいにしようと壁紙を貼り変える代わりに、便器の穴以外、周囲の壁もすべて新聞紙が張られていた。僕はここで一泊したのだが、トイレに入った時新聞紙にかからないよう小便をしなくてはならないため大変苦労した。クリスマスだからせめてこの日ぐらいはきれいなトイレを使ってもらおうと思ったスタッフがやったことだろう。汚いホテルだがクリスマスの間は無料だ。

おもしろ老後生活術
 会場に置かれた新聞紙が張られた椅子は僕にスウェーデンの木賃宿のようなホテルのトイレを思い出させた。この椅子は多分会場を訪れたほぼすべての人が気付かずに去ってしまうだろう。まさに今回のトリエンナーレのインパクトのなさを代表している作品だ。でもそこに惹かれる自分がいるのに気付く。今回のトリエンナーレはそんなところに面白さがあるのかもしれない。



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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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