第5回 福岡アジア美術トリエンナーレ 2014 <アジア現代美術の拠点>

<アジア現代美術の拠点>
福岡アジア美術トリエンナーレ


福岡アジア美術トリエンナーレ展ポスター
 第5回福岡アジア美術トリエンナーレ2014を見てきた。今、アジアの現代美術を牽引し、アジアの現代美術作家を最も引き付け、まとめて展示発表しているのは、世界中でも福岡アジア美術館だけだと僕は思う。
写真右:第5回福岡アジア美術トリエンナーレ展ポスター
 このトリエンナーレを催している福岡アジア美術館は15年前(1999年)に開館したのであるが、僕たち名古屋の絵描きの間でもこの美術館開設に対する当時の評価はセンセーショナルなものだった。今なら、実感としてわかるアジアのアートだが、当時としてはアジア最新アートの時代を先取りしたものだった。当時ほとんどの人は、いや芸術家を自認する人でさえアートの中心はまだ欧米だと思っていた。中国北京の798芸術特区に前衛的な現代美術作家が集まり始めたのが2000年の頃だから、いかに先見の明があったかがよくわかる。
 福岡アジア美術館の話題の中でよく登場したのが黒田雷児さん(現在福岡アジア美術館学芸課長)だった。やる気ある新進気鋭の美術家たちは、彼の行動力や先見力に驚き感嘆したものだ。「そうだよ、これからのアートはアジアなんだ」、「アートはアジア人の思考も変えて国際的にしてしまう」、「絵を描くより、こうしてアジアの作家を掘り出す方がよほどアートではないか」等々といいあったものだ。それを美術で行う行為は我々の憧れの的だったのだ。その黒田さんは今でも美術館の中心にあって、アジアの芸術を牽引していると僕には思える。

 福岡アジア美術トリエンナーレが開催されるようになってから10年ほどして、愛知でもあいちトリエンナーレ展が行われるようになった。この話が持ち上がったころ、僕の周辺の画家たちは愛知県の美術関連の人たちがトリエンナーレ展の中心を荷うものと考えていた。しかも「我々芸術家に県は数十億のお金を提供して美術展示をするように依頼があるらしい」という噂もあった。だからこそ皆は開催に賛成をした。僕は県民だけの閉鎖的なトリエンナーレでは学芸会になりかねないからそんなことはない筈だと思っていた。この噂を出したものが誰かは知らないが、このちょっと裏の手を使った方法でしかこの地での現代美術の開催は考えられなかったのだろう。
 もし初めから福岡のようにアジア中心のトリエンナーレ展だと銘打ったなら、福岡より10年も後であっても、愛知県人は認可しなかっただろう。愛知県人はこの地以外に税金を使うことなんてとんでもないと思っている。愛知県以外の国内や欧米でもいやだが、アジアならなおさら拒否しただろう。ふたを開ければ僕の期待どおり日本各地からそして世界各国からの芸術家の展示になっていた。

福岡アジア美術館正面写真左:福岡アジア美術館の玄関
 ところで本題の福岡アジアトリエンナーレだが、よく美術館側は頑張ったと思う。福岡市民や一般の人、誰にでも分かり理解できるような平凡な作品は選ばれていない。美術的レベルの高い作品が多く、我々芸術家も納得できる。世界の注目を集め、世界の美術を牽引できる作品を選んでいる。これならアジアの国々の文化に貢献できると思う。アジアの国々は最初は日本を手本にするが、次は日本のアートを追い越そうと思って参加するものも多い。それなのに日本が誰にでも分かる日曜画家的な庶民レベルの作品を出せば、アジアの美術界に変化、変革は起こらないだろう。

警備員のフィギュア作品
 この美術展は僕にはなかなか楽しかった。エレベーターに乗ったら、そこに警察官が乗っていた。ここ福岡は中国や韓国に近いからこのようにガードしているのかと一瞬思った。しかし中国人作家が作ったらしい人形であることを知って、その遊び心に思わず笑えそうになったが、治安が悪い中国ではこのようにしないと街の安全は保てない、それが作品になっているのかと思ったりもした。写真右:エレベーター内の警備員のフィギュア作品

アニダ・ユー・アリ作品
 最も目立っていた作品は、幅約50センチ、長さ10メートルに及ぶ長いヘビのような赤い蛇腹の立体作品だ。
写真左:アニダ・ユー・アリ作の10メートル以上ある赤い蛇腹作品
実物が美術館の中をはっているだけでなく、畑や学校、街中をはっている写真も展示されている。これもアジアのにおいを感じさせ僕を引き付けた。その蛇腹の先端には少女の顔があって、10メートル後ろの蛇腹の最後には、少女の足が出ている。頭と足は普通だが途中に何があるか分からないといったところが、中国の妖怪、人面人足大蛇に思えた。作家のアニダ・ユー・アリはカンボジア人だそうだが、アジア的風景の中に出現するこの怪物のごとき大蛇は、激動の経済発展を進めるアジアに対する漠然とした恐怖を、表現しているように思えた。

プラディープ作品
 また別の写真作品では、赤いストライプ柄の服を着た人間が、異星人が突然地球に降り立ったかのごとく、マネキンのように街角に立っている。何故かおやっと思わせるこの作品も展覧会の雰囲気に合っていた。
写真右:プラディーブ・タラワッタ作 「ロードスケイプ」



 会場の5階にあるメヘリーン・ムルターザの作品も会場を盛り上げる大きな効果を出していた。絵を知らない人がやってきても、スケールの大きさが生み出す迫力に圧倒され、この美術展を納得してしまうのではないか。床に直径2メートル大の鉄の球体がある。周辺にはビル壁の破片らしいセメントのかけらが散乱している。ふと天井を見ると球体と同じ大きさの穴が開き、ここをぶち破って球体が落ちたことを語らせている。
写真下:メヘリーン・ムルターザ作「異様な球体」
メヘリーン作品異様な球体 (2)メヘリーン作品異様な球体

 僕は第2次世界大戦で我が家にも落とされたアメリカ軍の焼夷弾を連想した。中には地面に落ちても爆発しない不発弾や、天井に引っ掛かり爆弾の一部が顔をのぞかせているものもあった。その不発弾はいつ爆発するか分からない。それと同じ恐怖をこの作品が訴えているようにも思われた。この作品、中央で水平に切って、その下部分を下の4階の天井に引っ付けると地面にめり込んだようになり、もっと良かったと思う。

山田彊一作「重力」
 僕はこれによく似た作品を50年ほど前、石で作っている。
写真右:50年程前の僕の立体作品「重力」
僕の気にいている作品の1つだが名古屋だけの発表だったから大きなものを作れず、迫力に欠けたことは否めない。今にも落ちそうな石が下にある卵をいつ押しつぶすのかという不安感を表現したものだ。当時この福岡のような現代美術館は愛知になく、日展が庶民からも、マスコミからも支持されていた。黒田さんのような人が名古屋にいれば田舎名古屋も早く脱皮できたであろう。今愛知県美術館にはニューヨーク帰りのすごい学芸員が入ったと聞くから、彼に大いに期待している。

ゲレルフー・ガンボルド作品
 最後に、この展覧会には「モンゴル画の新時代」と銘打った現代美術展の特別出品もある。写真左:ゲレルフー・ガンボルド作「欲望」
これらは日本のゲームやアニメの絵画作品の影響が多いに感じられ、凝った作品だが僕ら日本人にとっては新鮮さ、斬新さに欠ける気がした。日本とモンゴルの親近感から白鳳や朝青龍を思い出した。

 


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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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