YOKAI (妖怪) in New York 第7話 グリニッチビレッジの妖怪エドガー・アラン・ポー

YOKAI (妖怪) in New York 
第7話 グリニッチビレッジの妖怪 「黒猫ポー」

グリニッチビレッジ風景
 グリニッチビレッジは19世紀末期から芸術家が安い倉庫をアトリエとして使い始めた場所で芸術家の天国、ボヘミア二ズムの首都と言われ、ビートジェネレイションやカウンターカルチャーの中心だった。だが街が高級化するにつれて芸術家は追いだされ、ソーホーやトライベッカ、そして最近ではブルックリンに移っている。
写真右上:グリニッチビレッジの街角
 我が家にやってくるニューヨーカーの一人によれば、「マンハッタンにおけるネイティブアメリカンがらみの妖怪に次いでよく語られる妖怪は、あの小説家のエドガー・アラン・ポー関連の妖怪だ」という。ポーは1844年から1年半ほどグリニッチビレッジに住んでいた。彼の移り住んだ後には必ず妖怪が出ていると言われるから勿論ここにも出るのだろう。(僕が思うにこの場所がポーを呼びポーに怪奇小説を書かせたとも思っているが)。

ニューヨーク大学ベランダからの風景
 現在彼の住んだ家のあった場所はニューヨーク大学の敷地の一部になっているという。僕は今回も何かポー妖怪からのコンタクトはないかと、大学で妖怪の出そうな地下への階段やベランダ、トイレに行き、また学食で昼食の定番であるチーズを挟んだベーグルとコーヒーを注文し、妖怪からのアプローチを待った。けれど何もなかった。
写真上:ニューヨーク大学2階ベランダから見た風景、写真中央遠くに見えるのはエンパイアステートビル

首吊り楡の木
 2階のベランダから下を見ると、以前公開処刑に使われたという「ハンギング・エルム(首吊りニレの木)が見える。(写真右)ここは以前は沼地でワシントンスクエアの原型となった広場だ。この土地には以前無縁墓地があり、そこには1800年前後に黄熱病や貧困で亡くなった2万体ほどの遺体が葬られたという。行政はその後、この土地を再利用するために頭と胴体を切り離しまとめて処分をした。そのことから次の噂が広がった。切り取られた頭が胴体を求め飛んでいくという日本の平将門伝説のような噂話だ。公開処刑の場といい、頭と胴体が切り離された無縁墓地といい、ここは怨念の渦巻く場所だ。ここにいれば何かを感じるはずだと僕は思ってねばっていたが、何も起きず、まあ大学2階ロビーに展示してあるポスター作品が、全て妖怪の審査を受けたような絵柄であったことで納得しておいた?
写真下:ニューヨーク大学 2階ロビーに展示されているポスター3点
大学2Fロビーに展示のポスター1
大学2Fロビーに展示ポスター2 大学2Fロビーに展示ポスター3

 この近く、ブロードウエーとウエストエンド街の間の150メートル程の通りはエドガー・アラン・ポーの名がついている。よく飲んだくれていたポーが、通っていたレストランは現在も「イル・ブーゴ」や「エドガーズ・カフェ」という名で営業している。特にイル・ブーゴではポーの幽霊が出るということで有名で、開けてもいないワインが亡くなっているという怪奇現象が今でも時々あるとか、ツアー客のとった写真に説明不可能な火の玉が写っていたとかなどの話があるそうだ。

黒猫 ビアズリーによる挿絵
 ポーが1843年、34歳で出版した「黒猫」は怪奇ホラー小説の古典と言ってもいい。
写真右:『黒猫』よりビアズリーによる挿絵
 主人公は優しく思いやりがあり、飼っている黒猫をプルトー(冥府)と名付けて可愛がるが、酒に入りびたるようになり、猫が自分を避けているように感じ、衝動的に猫の片目を小刀でえぐってしまう。さらに自分を見ると恐れて逃げ出す猫の首に紐を掛け庭の木に吊るしてしまう。正気になって深く反省した主人公は、今度は愛情を持って二匹目を育てようと、酒場で見つけた新しい黒猫を飼い始める。後から気付くのだがこの猫は片目だった。殺した黒猫との違いは今度の猫の首に首吊りのような白い図柄が入っていることだ。強迫観念と酒乱から主人公は再びその猫も殺そうとするが彼の妻が猫をかばう。するとその男は妻の脳天めがけてナタを振り下ろす。妻の死体は地下室の壁に塗り込められる。最後の場面は壁の中から猫の声が聞こえ、不審に思った警察が壁を壊すと、死んだ妻と爛々と片目を光らせた猫がこちらを睨んでいるというものだ。殺人の罪により、主人公は首つりの刑になる。
 この話はヨーロッパの中世に、僧が遺体を地下の壁に塗り込んだという話からヒントを得たのではという説もあるが、ここで僕が思い出したのは岡崎城の化け猫騒動の話だ。日本でも死体を壁に塗りこめてしまうという同じような話があり、殺された女が飼い猫の化け猫になるという点も猫という共通項がある。
 さらにはつい最近も佐世保の女子高校生が同級生を殺し、首と手首を切断するという事件があったが、犯人の女子高生はその前に猫を殺し解剖している。また神戸連続殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗も猫を虐殺している。猟奇殺人は人間の心に潜む本能の一つかもしれない。

ヴァージニア
 ポー自身も波乱に満ちた人生経験の持ち主だ。生まれた1年後、父親が家出し、翌年母親が肺結核で亡くなる。母が亡くなった折、幼かったポーは死体と幾日も添い寝していたとか。彼が死ぬ少し前に書いた詩「アナベル・リー」では、詩の最後の所で「(亡くなった)我が花嫁のかたわらに身を横たえる」という詩句がある。一般的には若くして亡くなった幼な妻ヴァージニア(写真左)とされているが、その原体験は2歳の時の母の死にあるのかもしれない。この詩はネクロフィリアを喚起させ、ポーの怪奇趣味がうかがえる。

 その後彼は養子に出されるが17歳の折、賭博で莫大な借金を背負い養家を出る。生活のため陸軍に入隊し、暫くして除隊し陸軍学校に入りなおしたりするがすぐ辞めたりしている。27歳で13歳8か月のいとこのヴァージニアと結婚し、11年後にはその妻に先立たれる。早くから賭博、酒浸りなど悪癖から逃れられないような生活だった彼は、その作品に登場する様々な主人公と重なるところが多い。そしてやはり小説のごとく不可思議に39歳で謎の死を遂げている。



<ニューヨークの妖怪シリーズ>

 さて今回も上記の話に因んだ僕のオリジナル妖怪を紹介したい。今回はポーの怪奇ゴシック小説『黒猫』に因んだ妖怪を2点現代風にアレンジしてみた。

⑧ 妖怪 『黒猫ポー』
 片目の猫のしっぽには首吊りの木に吊るされた首のような骸骨がぶら下がっている。

黒猫ポー

⑨ 妖怪 『黒猫ガイコツ』
 骸骨の顔に猫の足跡のような空洞を開け、骨でカケ印を作ってみた。


黒猫ガイコツ








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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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