三芸大学生選抜 H/ASCA展

愛知県立芸大、他芸大に敗れる?

「H/ASCA展」授賞式風景
 2014年3月22日〜3月26日まで『三芸大学生選抜 H/ASCA展』が栄で開かれている。この美術展は愛知県立芸大と名古屋芸大、名古屋造形大の学生による半ばコンクール形式による現代美術展だ。これには名古屋の財団である『堀科学芸術振興財団』が大きくかかわっている。
写真右:「H/ASCA展」授賞式風景
 これは、3つの芸術大学に在籍する学生が過去1年間に制作した作品の中から優れた作品を描いた学生を教授に5人選抜してもらい、毎年3月、彼らの作品を展示する美術展だ。さらに、世界的に活躍する東京の美術関係者達にその中から3賞を選んでもらい、1位が100万円、2位が50万円、3位が30万円、選外の美学生にはそれぞれ15万円が与えられる。また上位の3賞の学生は5月に香港に出かけ世界規模の美術イベントを、その審査員の案内で見て回るというおまけまでついている。東京、大阪でもまずないすごいことだ。

 これをやっているのが僕の中、高の同級生である堀誠会長だ。中3の折には、僕とクラスが一緒になり、彼が委員長で、僕が副委員長であった。頭のいい彼は時々僕の苦手な英語のテストの時、さりげなくカンニングさせてくれた。
 その彼が名古屋のアートを全国レベルにしようと考え、そのために3芸術大学への助成を続けているのだ。堀会長の予想は愛知県立芸大が全ての賞を持っていくのではないかということだったが、県芸は日本画の女子学生がかろうじて3位に食い込むという結果だった。名古屋ではなく東京からきた審査員が中心で選んでいるから、どの芸大が優れているという先入観はまったくない。
 1位になった造形大の教授が遠慮気味に「順番だから」と、受賞パーティのあいさつで言っていたがそうではない。僕も見たがダントツによかった。美術は技術ではない。だからゴッホが、ゴーギャンが、ピカソが歴史に残れたのだ。いわんや学生であればなおさらだ。
 ただこれらの作品は各大学の教授の選抜推薦を通して出品されるものだから、そこから漏れたけれどすぐれた作品もあったのではと思いたい。いずれにしても一度出かけてみてきてほしい。栄の元丸善ビル、明治屋ビル(2つとも彼が購入済みだが)前のダイテックビル6階が会場だ。

 堀財団のこうしたイベントなどに関して、教授達から「金持ちの道楽に付き合いたくない。助成してくれるなら条件付きの助成ではなくお金だけ欲しい」というも聞く。僕も名古屋芸術大学に勤めていていたから教授達の気持ちが分からなくはない。面倒なことは省いてお金だけくれればいいのだ。しかし助成する側にはそちらの思惑もある。財団の堀会長は一代で富を築き上げたが、その富を助成金として使うならば、ただお金を出すより、この地の発展に何らかの効果をもたらすようにと考えているのだ。その苦労も僕にはよくわかる。

 以前名古屋ドーム球場に20mに及ぶ龍画が10年近く上がっていた。これは僕のゼミ生とともに僕が描いたものだ。この折教授に叱られたのは「そういうポスター的な作品は洋画科でなくデザイン科に任せるべきでないか」だった。本音は「一講師が学生を使って出過ぎた真似をするな」と言いたかったのだろう。この仕事を僕がナゴヤドームから依頼されるまでは大変だった。でも僕は学生たちに絵で仕事を得ることの大変さ、そして自分たちの描いた絵が、常に人々の目に触れ喜んでもらえることの達成感をどうしても味わわせたかったのだ。
写真下:僕が名芸のゼミ生たちと描いた1回目の龍画。名古屋ドーム球場でお披露目があった。
ナゴヤドームの龍画 
 龍画は3回描いたが、1回目と2回目は、2度とも僕がお金を出し学生たちに竜画を描かせドームにプレゼントしている。サイズは50×2mの作品だ。布代だけでも僕の出費はすごいものだ。3回目はパネルや絵の具代などかかった材料費は払ってもらえることになった。そうなったら教授は仕事を自分たちに回せという。自分で動かず自腹も切ろうとしない。しかし僕は結局3回目まで頑張った。ドーム球場の入り口に大きく飾られた龍画には大学名も刻まれ、大学の宣伝に一役買った。教授たちのこういう考え方を見るにつけ、僕はただお金を与えるのは反対で堀会長のやり方に賛成している。こういったコンペティション形式にすれば、学生もやる気を起してくれる。さらに香港で最先端現代美術の動向に触れれば若い美学生を大いに刺激するだろう。

無音
 さて会場の作品について少し紹介したい。1位に選ばれた作品で面白いと思ったのは僕の思考上に全く上がらない作風であることだ。60年間も死もの狂いで作品作りをしていると、だいたいすべての作品が作られる思考上のプロセスが分かるようになる。しかしこの作品は僕の思考に上がらない。だが粗野で面白い。
写真右:1位になった作品と作家 小嶋基弘「無音」名古屋造形大学
これは授賞式に集まった医学部の教授(堀財団は医学関係にも芸術の数十倍の助成をしている)もほぼ同意見であった。

おねしょ
 2位の「おねしょ」の映像は何か自分の幼い頃の思い出をくすぐられているようで他の映像よりはるかに勝っていた。写真左:2位になった作品 川平遼佑「おねしょ」名古屋芸術大学




つよくはかなく
 3位の県芸の日本画は完成度が高く、上手に出来上がっているのだが、完成度が高い故に、学生がこれから作品をどう発展させるのかがわからない、従って生きる意欲、エネルギーが感じられない作風だった。
写真下右:3位になった作品 佐久間友香「つよくはかなく」愛知県立芸術大学



地層とビン
 賞に入らなかった作品では、ガラスビン類を溶かしこんだガラスの塊は見る人に感動を与えるがスケールが小さく、迫力に欠けるのが残念だった。アルマンやセザールの思考と同じなのも少し気になった。
写真右:ガラス瓶などを溶かしてガラスの作品にした作品 飯田崇嗣「地層とビン」名古屋芸術大学


 会場に入るとその正面にウルトラマンに出てくるような妖怪が潜水服を着こんで立っているのがある。顔のガラスをのぞき込むとそこには福島らしい映像が流れている。気持ちはわかるが、芸術としてもう一歩踏み込んでいなかった。僕と一緒に見ていた理事の一人が「中に金魚の泳ぐ金魚鉢を入れたらどうか」と僕に話しかけてきた。全くそのとおりだ。納得いくユニークな作品になると僕も同感した。
写真下:潜水服を着た怪獣のような作品 植田明志「この胸の中だけ」名古屋芸術大学
この胸の中だけ


 最後に一言いいたのはこれら3大学の教授はこれまでもそうだがほとんど見にこないことだ。まずはこの展覧会を見に来て、卒業してもほとんど仕事もないであろう自分の教え子たちに応援しているよといったメッセージでも残して欲しいものだ。



スポンサーサイト
カウンター(since2011.1.1)
プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR