水戸偕楽園と茨城県近代美術館

水戸偕楽園と茨城県近代美術館


 先日水戸の偕楽園と茨城県近代美術館へ行ってきた。
偕楽園から見る千波湖
 水戸の偕楽園は若い頃から行ってみたいところの一つだった。岡山の後楽園は高校生の頃家族旅行で行き、大学1年の折には北陸1周独り旅で兼六園に寄っている。大学生になったら月に1度は1泊以上の旅行をしようと決めていた。その後10回以上は兼六園に行っているだろうか。日本三大庭園のあと一つは水戸の偕楽園だ。三大何某と言われると人は制覇したいという気持ちになる。僕もその一人だが、ここにはまだ行っていなかった。東京まではよく行くが、そこで見るもの、することが多すぎて、時間とお金を使い果たし、さらにその向こうにまでは行く余裕がなかったのだ。

 ところが今回は水戸にある茨城県近代美術館から、「あなたの作品が当館でコレクションされており、今展示中なのでよかったら見に来ませんか」という招待があった。調べたら偕楽園はすぐ横にある。目的が一つだけだったら行かないが、僕の作品も見られるということで行ってみようという気になった。
 
 ところで期待の場所、偕楽園に来てみたが、すごいところに違いないという思いが残念ながら崩壊してしまった。よく見慣れた日本庭園の風景で斬新な感動がない。この名古屋地区にもスケールはやや小さいがよく似た庭園がいっぱいある。御三家同士張り合っていたのだろうか。偕楽園は丘の上にあって千波湖が眺望できることはすごいが、園内は手入れされた松や梅の木があるだけで、以外性がない。写真右上:偕楽園から見る千波湖の絶景ポイント
いわゆる雪月花で、後楽園は月、兼六園は雪、偕楽園は花(梅)と言われるから春に来るといいのかもしれない。

好文亭
 その庭園の中に建つ好文亭だけは見応えがあった。写真左:好文亭
徳川斉昭が1842年に彼の理想の住処として建てたものだという。ここへはたくさんの著名人が招待されたらしい。部屋から見る庭が抜群の美しさだった。写真下:好文亭内部

好文亭内部
 僕はこの建物を見て、170年も前に建てられた建築はさすが趣があり雰囲気が出ているなと感じた。戸の開け閉めのため雨戸の上の部分も下の部分も擦り減って、さらに、敷居の溝も深く削れている。雨戸が外れてしまうのを防ぐため下駄をはかせ元の高さにしてあった。やはり古いからだと感心したが、説明書を見たらなんと第二次大戦で焼かれ、戦後10年ほど経て建て直された建物と書いてある。もちろん江戸時代の建て方と同じにしたのだろうが、築60年弱でこんなにも古びるものなのかと別の意味で感心した。
 我が家とほぼ同じ古さだ。先回の妖怪展でわが家を訪れた人たちはどう思ったのだろうか。兼好法師の「かくてもあられけるよ」じゃないが、「こんなところによく住んでいるなあ」と思われたのではないか。
 庭園の際には水戸黄門を祀った常磐神社もあったが、これも明治になって建てられたものだった。水戸光圀は江戸時代前期の名君として名を馳せた人だが、幕末期に講談『水戸黄門漫遊記』で有名になり、さらに明治にもさまざまに変化しながらその人気が衰えなかったため、神社が建てられたのだろう。

賑やかな美術館前
 さて次に茨城近代美術館を訪れたら、美術館の中やその前にすごくたくさんの人がいる。「すごい、美術館にこれだけの人が集まるなんて名古屋ではありえない」と驚いた。
写真左:にぎやかな美術館前
 後からこれはフィンランドの祭りである『マルシェ・ド・ノエル』をやっているのだと分かった。水戸の洋菓子屋さんが美術館前を借り切って、いろんな店を集め、フィンランドでクリスマスに売られる品々を即売しているのだった。美術館の中までショップが並びロビーではフィンランドのお菓子を食べている子供も多かった。嬉しかったのはついでに子連れで美術館の会場へ入っていく人も多かったことだ。名古屋より小さな街でもさすが首都に近いだけあって、人々の思考が文化にも向いているのだろうか。このように美術館等県の施設を開放すれば市民も喜び、絵描きも喜び、県にお金が入る。
 余計なことはやりたがらない公務員志向の愛知はすごい美術館を持っているが、県民は美術館に来ないし美術館前の空間も人はほとんど寄り付かない。そろそろ愛知もこれ等の事を考え直す頃ではないか。あいちトリエンナーレもやれる文化都市になったのだから。
 
僕のボルト作品(右)
 ところで僕の作品が何故ここにあるかというと、この地出身の版画コレクターが集めた作品をこの美術館に寄贈したからだ。絵描きならだれでも知っている浜口陽三や清宮質文、菅井汲、横尾忠則等20人ほどに混じって僕の作品も展示してあった。
写真右:版画コレクションの会場(右に見える大きな作品が僕のボルト作品)
 部屋で見張る監視員のお姉さんに言わせると僕の作品が一番の人気であるとか。ありがとうと言いつつ、ついでに自分の作品の前で水戸美人の彼女にシャッターを押してもらった。

自作の前で
 美術館前に広がる周囲3キロ程の千波湖には白鳥が何羽も飛来していた。こんな優雅なところに僕の作品が永久保存されるのは何となく気分がいいなと感じた。


写真左:僕の作品の前で。第1回和歌山版画ビエンナーレ大賞受賞(賞金2百万円)作品と同じもの。同一作品を5点制作。1点は和歌山県立美術館所蔵で、1点はこの茨城県近代美術館に、さらに1点は昨年買い戻して我が家にある。後2点はどこかの美術館やコレクター宅にあるはず。
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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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