メキシコ美人とメキシコ老人

メキシコ美人メキシコ老人

街中でタコスを食べる美人?
 メキシコには艶っぽいグラマー美人が多い。胸が大きく、ついでにお尻も大きい。北欧のすらりと背の高い美人と違って日本人に似て小柄だから親しみも湧く。帰国後女子大生にこう語ったら「先生、お尻の大きいのは美人じゃないんでしょう」と言われた。僕も実はそう思う。
 メキシコシティーのアステカ文明の跡地にあるソカロを歩いていたら、手にお好み焼き状の食べ物(タコスの大きい品)を持ち、食べながら歩く美人のギャルとすれ違った。
写真右:街中で歩きながらタコスを食べる美人?
 僕と眼が合いにこりとした。すかさず僕もにこりと挨拶を返し、「美人ですね、カメラOKですか」と尋ねたら、ポーズを取ったような気がしたのでシャッターを切った。すごい美人と思ったが、日本へ帰って現像してみたら、たいしたことはなかった。あの薄茶けたメキシコの風景の中では美人に見えたのだろう。なにしろ周囲には太ったおばさんやすごく身長の低い、お尻だけべらぼうに大きい原住民ばかりだったからかもしれない。

美人画学生とツーショット
 メキシコ国立美術館はメキシコシティーの中心にあるメキシコ最大の美術館だ。この美術館には版画を教える教室もあって、一般人は入室禁止だが、そこは旅慣れた(図々しい)僕、「僕は日本の美大で版画を教えているのだけれど入ってもいいかね」と断り、入れさせてもらった。5、6人の男女がゴム版である凸版をやっていた。奇麗に刷れているけれど、幼稚な技法の作品だ。けれどすごく真剣にやっている美人の女子学生がいた。彼女にアドバイスを与えたかったけれど、いかんせんスペイン語が話せないので断念した。その代り?僕と肩を寄せた写真を同行のメンバーに撮ってもらった。
写真上:僕と並んで僕にくれた自分の作品を見せる美人の画学生。
 現地の大学の版画の技術はまだ相当遅れている。もし僕が今教えているシルク版画技法をここメキシコで教えたら、この国ではすごい注目を浴びることは間違いないと思われた。いつも言っているようにアートは独創性、個性が最重要視されるからだ。僕の版画技法をやっている版画家は、今回の旅行や今までのメキシコ美術研究から判断する限り、メキシコには一人もいないように思われる。
 僕がツーショットの写真を撮ってもらった女子学生は、狼の図柄の作品を作っていてアイデアとしてはもう一歩だが、顔のしまった美女と狼の取り合わせが良かった。誉めたら自分の名と住所を作品裏に書いて、その作品を僕にプレゼントしてくれた。彼女もきれいだと思ったが日本でカメラに映った写真を確認して見ると、まあ飛びつくほどの美人でもなかった。
レストランの踊り子と
 「山彊先生は旅行に行けば、スケベ心が全開で、誰でも美人と思うんじゃないの?」。まあそうかもしれないけど、僕たちが夕食を取ったレストランの踊り子はやや東洋的な雰囲気があって優しい感じがよかった。
もちろん彼女とのツーショット写真も抜かりなく撮りましたよ。「もう、油断も隙もない人ねっ!」
写真右:レストランの踊り子と僕。


美術館前でテントをを張る美大教授達
 話はそれるが、このメキシコ国立美術館の前には50個ほどのカラフルな個人用テントが張られていた。ニューヨークの公園で見たホームレスのテントと似ていると思い「ホームレスですか?」と我々の添乗員に質問した。彼女の答えによれば、美大の教授達が給与を挙げよという意思表示でテントを張ってストライキをしているのだということだった。カラフルで目立ち、美術館前でもあるから、面白い美術パフォーマンスでもやっているのかと思ったのだ。
写真左:国立美術館前でテントを張ってストをする美大の教授達
 名古屋でいうと例えば、愛知県芸大の教授陣が給与を挙げよと愛知県美術館の前でテントを張って寝泊りをするようなものだ。日本では信じられないことだが、こちらの美術教授は自分たちの行っている教育に自信を持っているから、体を張って抗議しているのだろう。日本では大学の先生はその社会的に保障された地位に胡座をかいて教育指導なんてそっちのけの人も多い。メキシコでは国民も教授連のストを支持しているのかもしれない。


 ところで、このメキシコシティーで気になったことは、年寄りがあまり見られないことだった。名古屋は敬老パスもあり名古屋駅や栄は年寄りであふれているが、ここでは老人を見つけるのに苦労する。そのわけをこのメキシコに10年以上住んでいるという添乗員に尋ねてみた。彼女いわく「この国は一般人で医療保険に入っている人は少なく、病気になると高額な治療代が払えない。医者はそこで患者を前にして、治療するのにこれだけお金が要るという試算を示す。多くの患者にとってそれは払える金額ではなく、治療を諦め、病気になって外出できなくなったり、死んでしまう人が多い」そうなのだ。
 だがメキシコの平均寿命は男75歳、女77歳でそれほど短くはない。日本人のように体重を気にして食べ物を控えるでもなく、薬で寿命を延ばすのでもないのに案外長命だと僕は驚いた。病気になれば神の思し召しでそのまま天に召されるのが当然と思って、何事も気にしないからなのか。彼等の天真爛漫な振る舞いや明るさを見ていると、精神的な病はまずないと思われた。
 でもそうなると、街中に老人の姿が見られないことの説明にならない。僕なりに考えると、都市の生活形態が若者や50歳代までの人々中心のものになっているからではなかろうか。特に都市部は車優先の社会で運転も荒く、街中の信号も10秒か長くて20秒で変わる。これでは怖くて年寄りが歩けるものでない。年寄りや弱者、障害者のための設備などが不十分だから出歩かないのだろう。

自作のハンモックで寝る老人
 メキシコの老人で印象に残ったのはユカタン半島に住み、昔からの生活習慣を変えないマヤ族の老人に会った時だ。我々にこれが寝るためのハンモック、これが植物の繊維から作る縄と嬉しそうに説明してくれた。
写真右:自作のハンモックでの寝方を説明するマヤ族の老人
写真下:縄の作り方を説明するマヤ族の老人

縄の造り方を説明する老人
 全て自分たちの手で作ったもので、食料ももちろん自給自足の生活だ。老人になっても仕事があること、生きる目的があることに誇りを持っているようだ。現代は年寄りから仕事を奪ってしまった。これが現代病の元かもしれぬ。


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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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