花泥棒

名古屋「花ドロボー」健在!

 この年末、わが家の近くにスーパー銭湯が開業した。オープンの30分後私は、お祝いの花がどうなったか検証に出かけた。と言うのも以前全国テレビで何回も開店の祝花を盗む名古屋の情景が流され、名古屋花泥棒の話が有名になったことがある。
 しかし、あれからずいぶん時を経ている。まさかもう今はこんなことはないだろうと思ったからである。東京に住む仲間が「あれは一番恥ずかしいことで、友人が我家を訪問して生け花を見つけると、“アレ!近くに開店したお店があったのかしら”といびる」また「商店街の花が盗まれると“近くに名古屋人が住んでいるぞ”と住民にそしられる」と言っていた。近ごろテレビでの放映が無いことからも、この行為が無くなったと思っていた。

花を持った僕

 さあ結果はどうであったか。ほぼ百鉢ある祝花が全て盗られていて、傷んで飾れそうにない蘭や菊が数本残るだけだった。花桶の下には「花を抜かないで下さい」と大きく書いてあるのに。近くに立つガードマンに「盗ってもいいんですか」と尋ねたら「注意しても聞いてもらえませんから・・」だった。「残っている花を私が頂いてもいいんですか」と尋ねると「どうぞ。屑花ばかりでよかったら」と言われた。「ワー、生まれて初めて名古屋人をやっちゃった!」感激。だがこの花を100m離れた我が家まで見られず持ち帰るのが、恥ずかしくてまたひと苦労だった。写真右:もらった花を持つ僕
マスコミが放映しなくなったのはもう公認で新鮮味が無いのか、これも河村たかし同様に地方の個性であり文化であると認めてしまったのか。そのあと少ししてから前を通ったら、花は完全になくなっていた。(写真左下)

完全に無くなった祝いの花
 東京に住んでいる娘が正月に帰ってきて話したことによれば、近くに開店した店屋さんの花が開店からいつまでたっても無くならず、わびしく枯れかかっているのを見てこの商店は住民の人気が無いのかしらと思ったそうだ。やはり娘も名古屋人だった。
 数日後、小1の孫を連れてこの銭湯に出かけた。白く濁った湯を観て孫は「家の風呂に持っていけたらいいね」と言った。「ビニール袋に入れて持ち帰ろうか」と私が提案。「それはドロボーだよ」と孫。「二人でお湯をいっぱい飲んでいって、家の風呂釜におしっこしようか」の僕の提案に、孫はひっくりかえって喜んでいた。
(ここまでは新聞原稿用)

※ところで子供たちはこのおしっこやウンチの話が大好きだ。十数年前の話だが、私はNHKのプチプチアニメを制作したことがある。『カラスのプータ』という題で、プータがオタマジャクシを食べるとオケツからカエルが出てきたり、蝶々をいじめる蜘蛛を食べるとお尻から糸が出てくるといったストーリーだ。2本目の視聴率が7.4%で年間の一番になり「アニメ作家で売り出せますよ」と担当者に言われたことがある。丁度予定していた大学勤めがダメになり、この制作費で1年が過ごせ命拾いしたこともある。その後担当ディレクターが変わり、仕事は来なくなってしまったが。こんなことをふと思い出したわけである。
NHKプチプチアニメ「カラスのプ―タ」(下)
カラスのプ―タ2
カラスのプータ


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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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